幸運を呼ぶ蛾 オオミズアオ

安曇野の夏は、雑草と虫との闘い

一口に「安曇野」と言っても、私が住んでいる場所は、常念岳のふもととも言える土砂災害警戒区域内真っただ中の森の中。
玄関先のさくらんぼの木は熊に枝を折られるし、猿は普通にその辺をうろついているし、散歩や登下校中の住民はもれなく熊鈴を身に着けている。

冬の間、厳しい寒さにじっと耐えていた草も虫も、気温の上昇とともに、これでもかと言わんばかりに隆盛を振るいだす。
庭に自生していたタラの芽を食べるのを楽しみにしていたら、先にアブラムシにこてんぱんにやられてしまったり、バッタが大量発生して花の新芽が食べられてしまったり、よく分からない虫が跋扈したりしている。

広大な庭に、まことにささやかながら、わずか1m四方の畑を作りラディッシュの種をまいてみたが、葉っぱはボロボロの穴だらけになってしまった。
それでもラディッシュ自体は十分に食べられたが、ひまわりの芽がズタボロにやられたり、庭木の新芽がアブラムシのパーティー会場になったりと、被害が看過できないものになってきたため、ついに農薬を撒いてみることにした。

農薬を撒くには展着剤が必要らしい

これまで自分で農薬を撒いたことはなかったが、Google先生のアドバイスによりマラソン乳剤を撒こうと思い、ホームセンターに買いに行った。
お店の人に売り場をたずねたところ、なんと親切なことに、「展着剤」なるものを併用しないと効果が薄いことを教えてくれた。

きっと、「こいつそんなん知らんやろ」と思われたのに違いない。

実際知らなかったことには、展着剤を用いないと、薬は雨ですぐに流れてしまって効果が薄いとのこと。
Google先生はそこまで察して教えてはくれなかったが、さすがは人間、いいことを教えてくれた。

朝5時から農薬散布

週に5日仕事に行き、休日は仕事の日よりも早朝から外出してしまう私にとって、庭のメンテナンスにかける時間を確保するのは難しい。 
しかし、せっかく芽生えたひまわりの芽が食われてしまったり、キッチンの窓ごしに小さいバッタ(?)がわんさかパーティーしているのを見ると、睡眠時間を多少犠牲にしてでもどうにかせねばと、朝5時からマラソン乳剤を散布することにした。

噴霧器の中に、1000倍に薄めたマラソン乳剤。
その臭いを嗅いだ瞬間、

「あ、ばあちゃんのにおいだ」

と記憶がよみがえった。
なつかしい臭いと色は、かつてばあちゃんが散布していたのはこれだったのだと、数十年越しに教えてくれた。
ばあちゃんは農家だったので、その孫である私たちは子供の頃、当時流行した「ランバダ」のメロディに合わせて、

「うどんこ病、うどんこ病♪」

と歌っていたものだ。
それを聴いた母は、

「あんたら田舎の子だね~」

と言った。

玄関脇のオオミズアオ

早朝から気合を入れて農薬散布すべく、玄関を出た私の目に入った、青緑色というべきか水色というべきか、色だけはさわやかな蛾の姿。

おそらく「オオミズアオ」とは思うが、似た虫もいるらしい。
しかしそんなことは、どうだっていい。
希少だろうがなんだろうが、私にとっては「気持ち悪い蛾」に過ぎない。
ちょうど噴霧器を手にしていたこともあり、そのままマラソン乳剤をかけてやった。

しかしオオミズアオのことを調べてみると、成虫になると口がなくなり、わずか一週間程度しか生きられないとのこと。
この短い成虫期間と、その美しい翅の色も相まってか、「幸運を呼ぶ蛾」と言われているようだ。
幸運を呼ぶかどうかはともかくとして、そんなに短い命なのにかわいそうなことをしたな、とは思った。

オオミズアオは幸運を呼んだ

ひと通り庭にマラソン乳剤を撒き終わって、仲間内のグループLINEにオオミズアオと思われる蛾の写真を送った。
若葉のような色合いの姿に、「擬態してます?」とか返信が来たが、そこにNおじさんが会心の一言。

「俺の若いころにそっくり」

ロシアンフック並みの意外な一撃を食らって、膝から崩れ落ちる。
さらにT青年が追い打ちをかける。

「今でも面影ありますよ」

これで一日中笑えたので、やはりオオミズアオは幸運を呼ぶ蛾なのかもしれない。