どうせ全部、沢に流れる

沢靴を忘れて沢へ

沢に向かう車の中で、沢靴を忘れたことに気付いた。

時はまだ3月、山々はまだ白く、沢に入るには寒さが勝る時期。
それでも釣りの解禁日も過ぎて、もう待てなかった。

沢靴がなければ、沢に入ることはできない。
いや、入ってもいいけど、現実的ではない。

普通なら「終わり」だが、私達なら絶対にどうにかして、楽しい沢にできるという確信があった。
そう思うと、逆に楽しみになってきた。

もう成立している

ほぼ同じ時間に駐車場に着き、沢靴を忘れたことを告げる。

「何してんすか!」

とツッコミを受けつつも、すぐにどのルートからどう目指すかが組み上がっていく。

沢に入ると、思考じゃなくて身体が、判断する。


「戻ってきた」


ミソサザイのさえずり、沢の音、深く切れ込んだ谷間の底で、地球に溶け込むような感覚になる。
自分と世界の境目が、曖昧になる。


海も山も湖も行くし、どれもいい。
でも沢はやはり別格だ。

豪華な幕営

良さげな場所を見つけたら、迷わず幕営準備。
薪を拾い集め、タープやハンモックを張り、あっという間にニュータウンが完成する。

そして靴は忘れても、酒と肴は忘れない。

本日のメニューは、シーフードサラダ、チキンスペアリブのスパイス焼き。
沢の中で仕上げられる、海の旨味の爆弾、アクアパッツァ。
そしてイタリアンレストランからのテイクアウトの品々。


それに何より、沢で冷やしたビールは最高のご馳走だ。
しかも、白ワイン、日本酒、ウィスキーもある。
途中で眠くなったら、そのまま寝る。
沢屋のキャンプ、なめんな。

今回はぜいたくに、焚火は二つ。
ガンガン燃やすための焚火と、調理に使う焚火。
燃やし方は異なる。

そうして宴会が盛り上がる頃、花火まで出てくる。

起きたら負けの翌朝

相変わらず、記憶はない。
そして、起きたら負け大会も、通常運転だ。
皆も起きて来る気配がなく、沢の中には水音とミソサザイのさえずりだけが満ちている。

・・・と思ったら、実は皆、既に起きていて、釣りに出かけた後だった。
しかも私は朝食を持ってくるのも忘れていて、皆に恵んでもらった。

T青年がみそ汁を作るのを、お椀を持ちながらじっと待つ私に、

「焦るやつはもらいが少ない」

と的確なツッコミも入りつつ、結果的に、豪華な朝食となった。

釣果はゼロ

ちなみに釣果はゼロだった。
一度だけアタリがあったらしいが、魚影もなく、釣りとしては寂しい結果だった。

まだ時期も早いし、食い気がないのだろう。
・・・ということにしておこう。

私は、アタリがさっぱりないということを聞いて、早々に竿を出さないと決め込み、飲むことと薪の支度に徹したので、これはこれでアリだろう。

Nおじさんが、朝食で鮭を焼いていて、

「こんなの釣れちゃったよ!」

などとほざいていたが、その鮭を一切れ、ご相伴にあずかった。

この仲間で行けば、何がどうなったって楽しい。
いや、どうにかできる。
そして思い出はいつも、沢に流れる。

・・・水だけに。