沢で岩魚を釣って、焚火を囲んで酒を飲む。
そんな三泊四日の沢旅を、北アルプスの岩井谷で。
それが今年の夏休みの計画だった。
キラキラした沢を遡り、岩魚を釣り、夜は焚火を囲む。
最初のうちは、まさに思い描いていた通りの沢旅だった。
ただ、核心のゴルジュを越えようとしたところから、少しずつ雲行きが怪しくなっていった。
気がつけば、半日以上の藪漕ぎ。
そして日没。
崖の途中の小さなスペースで、一夜を明かすことになった。
そんな夏休みの記録。
一日目 岩魚を釣って、焚火を囲む
折立へ
今回のメンバーはO河とNおじさんとの三人。
まだ真っ暗な朝4時に、「アルプスの郷」にて待ち合わせる。
登山のために前入りしているらしい車中泊の車も多い。
この先の道の駅「風穴の里」はこの時期は混むので、アルプスの郷は穴場だ。
トイレと自販機ぐらいしかないが、その分静かだし、駐車場にも余裕がある。
O河と会うのは、去年の釜の沢以来だ。
山で出会って、
「また一緒にどこか行きましょう」
が、社交辞令で終わらなかった貴重な人材である。
ここから折立までは、Nおじさんの車1台に集約して向かう。
折立は駐車場争いの激戦区なので、可能な限り乗り合わせで行くのが望ましい。
なおここから先はコンビニが一切ないが、トイレは結構ある。
O河は折立に行くのが今回初めてで、かなり楽しみにしていたらしい。
一方、私たちはというと、
「今回は岩魚をたくさん釣るぞ!」
と、車内ですでに浮かれまくっていた。
折立から入渓点へ
折立の駐車場は相変わらず車でいっぱいで、第2駐車場へ停めた。
沢装備を整え、折立登山口を右手に見ながら、その先の林道へ入る。
青空が気持ちよく、今日はキラキラした沢が楽しめそうだ。
「日頃の行いがいいんだな」
などと言いながら、入渓点までは一時間少々の道のりだ。
つまらない林道歩きも、仲間とくだらない話をしていればあっという間だ。
夏休み直前、Nおじさんは会社の飲み会で10万円ほど使ってしまったという。
この人は酒が入ると、こういうことをやりがちだ。
以前、茅野の「さくらさく」で飲んだときなど、帰りの「あずさ」をなぜか竜王駅(山梨県甲斐市)で降りてしまい、次の日は絶対に仕事を休めなかったため、そこから東京までタクシーで帰ったことがある。
タクシー代は約56,000円。
この事件をきっかけに、端数を切り捨てて、
5万円=1竜王
という単位が誕生した。
つまり今回の飲み会は、「2竜王使った」ということになる。
林道を1時間ちょっと歩くと、入渓点の橋に着くので、大型車専用と記載のある道路脇から藪に入る。
O河(30歳)が「やぶきたブレンド」とか、同年代の友達がいなさそうなギャグを言っていたので無視した。

キラキラの沢と巨岩帯
沢はキラキラで、魚影も濃い。
水は足がもげそうなぐらい冷たくて、陽射しはまぶしくて、私達は北アルプスの沢を満喫していた。
この岩井谷は、子どもの頃に水遊びをした常願寺川水系の源流だ。
常願寺川は、3,000m級の立山連峰から日本海まで約56kmを一気に流れ下る、我が国屈指の急流河川だという。
そこに今、こうして岩魚を釣りにくるなんて、人生って面白い。
台風のせいで入渓を一日遅らせたが、増水もなければ濁りもなく、ぬめりもなかった。
ラバーソールの沢靴はフリクションがバチ効きで、巨岩をボルダー的ムーブで越えていく大きな助けになった。
ただ、酒や肴をしこたま詰めたザックは重く、ひーこら言いながらクリアしていった。

とある本によると、遡行グレードは三級下。
序盤の巨岩帯は、これまでに習った「ショルダー」や「馬車引き」などの技術を総動員しながら、チームプレイで越えていく。
O河は沢の経験が浅いため、お助け紐を持っていなかった。
我々は常に7mm7mの補助ロープを携行しているが、その有用性が浮き彫りになった。
※ショルダー → 人の肩を踏み台にして高い所に上がる。
※馬車引き → 下にいる人を、上からロープで力任せに引っ張り上げる。

沢登りのグレードは、一般登山道の難易度とは基準が大きく異なる。
一級から六級まであるが、数字が大きいほど困難だ。
なお天候や人数でも難易度は大きく変動するので、あくまで目安でしかない部分はある。
一級とは言え、そもそもが登山道ではないので、「一級=初心者でも行ける」と思うと危ない。
岩魚を釣って初日の幕営
初日は、1,466m地点にある見事なプールの場所で幕営すると決めていた。
行動時間も4時間少々で済むので、竿を出す時間がたっぷりとれる。
テンカラとルアーで、思い思いに色白美人な岩魚を思う存分釣りあげた。
今夜は塩焼き三昧だ。

幕営地に着いたら設営し、薪集め。
今回はフレックステイルの空気入れを持参したため、マットが一瞬で膨らんで大幅な時短になった。
しかも火起こしの時に風を送ると、すごい勢いで燃えてくれる。

バッテリーがなくなると困るので、ある程度火が安定してきたら、まな板(皿?)をうちわ代わりにして風を送る。
Nおじさんは、
と、あおぎながら相変わらずの節回しだった。

プール脇は、景色はいいが、幕営に適しているとは言いがたい。
増水したら危険な高さだし、平らな場所もあまりない。
天候を考慮し、大丈夫だと判断して幕営したが、増水の懸念がある時はやめたほうがいい。
そして今回、プールのど真ん中にあるデカい岩の上が比較的平らなので、Nおじさんはそこにテントを張った。
夜、お酒を飲んだ状態でテントにたどりつけるか?って皆がツッコんだ。

夏は、日中が晴れて暑いと、夕立がやってくるのがお決まりだ。
この日もやはり、午後からぽつぽつ降りだして、あわててタープを張った。
降り方はさほど激しくなかったが、いつ土砂降りになるかわからない。
サンダルを履いてリラックスモードだったが、急いで沢靴に履き替え、荷物をまとめたり、タープ下に避難したりした。
結果的に雨はすぐ上がったが、やはり沢で雨に降られると緊張する。

今日の肴にする分の釣果は十分にあったが、Nおじさんは暗くなってもせっせとプールにルアーを投げて、
「いやー、見えない敵と戦うのは大変だ。」
と言っていた。
岩魚をシメてから内臓を取り除くのを、O河がなんとも言えない目で見ていた。
相手が岩魚といえども、殺すというのはあまり気分がいいものではない。
でもこれも食物連鎖だ。
だが、殺す時の心理的な抵抗みたいなものは、忘れずにいたいと思う。

持ち込んだ食材や、岩魚の塩焼きを肴に、宴会だ。
O河は完全な下戸で、飲めたらいいんだけどなと自分でも言ってる。
Nおじさんは、言う。
「アルコールがあると、仕事のつらさをいい感じに薄められるよ」
「はい、僕はシラフで社会に耐えています」
O河もたまには切れ味のいい返しができるらしい。
二日目 核心のゴルジュと、終わらない高巻き
朝マズメの岩魚と、沢で食べるにゅうめん
翌朝、O河特製豚汁と、朝マズメで釣った岩魚をおかずにして朝食だ。
谷に広がる岩魚が焼ける匂いは、本当に素晴らしい。
いつも夜しか焼いていなかったため、お酒を飲んで分からなくなっていたのかもしれない。
朝に焼いて焚火のそばを離れて水を汲みに行ったりすると、めちゃくちゃ美味しそうないい匂いがする。
これまでさんざん釣って焼いてきたのに、初めて知った。


のんびりと朝食を楽しんで、出発は8時頃だった。
今夜も沢の中で泊る予定だし、別に急ぐ必要もない。
核心の大高巻きを越えた先あたりで、適当な場所を見つけて幕営すればいい。
そう思っていた。
二日目の途中で、素麺を食べた。
Nおじさんが持ってきてくれたもので、めんつゆは相変わらずのストレート。
「濃縮だと舐められる」
と、謎の男気を発揮している。
沢で食べる素麺は絶品だ。
ただ、空が微妙に曇ってきて、少し肌寒くなってきた。
そこで半分はにゅう麺にしてみたら、これがまた絶品だった。
あたたかい食事って、いい。
めちゃくちゃ元気が出た。

核心のゴルジュへ
核心のゴルジュに近づくにつれ、とんでもない巨岩がどんどん出てくる。
これ、一体どうやってクリアするの?みたいな岩を、あの手この手で越えていく。
その内に、ここから先は絶対に無理だっていう場所までたどり着いた。
では高巻きとなるわけだが、じゃあどこから高巻きに入るのか。
左岸か右岸か。
あれこれさまよい始める。
今にして思えば、もっと手前から巻道を探すべきだった。
しかし、大変な思いをしてここまで来たのに、戻るのもまた大変だと思うと、戻れなかった。
しかも一度遡行したことがあるため、自分の軌跡もスマホにある。
なのに、どこから高巻きに入ったのかがわからない。
おそらく前回は、かなり無理な場所から左岸の高巻きに入ったのだろう。
そのため、前回超えた記憶がある岩よりもさらに上流に、高巻きができる場所があるはずだと思ったことも大きかった。
結局右岸の、どうにか入れそうな場所から斜面を上がっていった。

藪太郎、現る
ヤブ漕ぎに入る前に、Nおじさんから新キャラが生まれた。
「藪太郎です。一切通しませんよ。」
ここからが地獄だった。
斜め上へトラバースしながら、猛烈なヤブを漕いでいく。
しかし、崖にぶち当たったり、とても歩けないような斜面に出たりする。
何よりヤブが濃すぎて、全然進まない。
そのうち、雨まで降ってきた。
ヤマレコの足跡も全然あてにならない。
時間だけが、どんどん過ぎていく。
大滝を越えたであろうあたりから、もうピッチを刻んで懸垂下降で降りようと試みた。
しかし、数ピッチ降りたところで、その先にはもうロープを刻んで降りられるだけのバンドがない。
手詰まりだった。
そして――
日没を迎えてしまった。
水なしビバーク
こんなに高巻きに時間がかかるとは思っていなかった。
そのため、水を汲んでこなかった。
さらにNおじさんは、藪漕ぎの途中でボトルの蓋が外れ、持っていた水をこぼしてしまっていた。
今日中に水線まで降りる。
それが当初のつもりだった。
ところが、思うように進まない。
結局、その計画はかなわなかった。
何度か懸垂を繰り返して降りた、崖の途中の小さなスペース。
その先が手詰まりだったので、登り返してビバークできる場所を探さねばならない。
O河に登り返しを教えて、一つ上のバンドまで上がらせた。
私達も登り返そうとしたが、一日中ヤブ漕ぎをした体には、重い荷物を背負って登り返しをする体力は残っていなかった。
そのため、O河は少し上で、私達は小さなスペースで、ビバークすることになった。
その場所は2m×4m程度の傾斜地で、こんなところで夜を越せるのだろうかと思った。
下を覗けばとんでもなく深いゴルジュを、緑の水が轟音をたてて流れていて、客観的に見れば美しい景色なのだが、不安な今の状況では恐怖でしかなかった。
水の音がするのに水がないというのも、切なかった。

焚火ができれば濡れた衣服を乾かせる。
しかし、こんな狭いスペースで薪を集められるはずもない。
仕方なく、濡れた衣類を全て脱いで、ダウンジャケットとダウンパンツを直接着た。
それだけで、かなり体温を維持できた。
まだ雨が降りそうだったので、きちんとは張れないものの、タープを張って雨避けにした。
地面もびしょ濡れだったため、荷物は上から吊るせるように工夫したり、地形に寄り添って横になったりした。
食べ物だけは十分にあったので、それは救いだった。
さすがにお酒を飲む気にはなれず、すぐに横になって少しでも体を休めようとしたが、Nおじさんはどうしても喉が渇いたといって、お供え物サイズのビールを一缶飲んだ。
不安な夜を過ごしながら、色々なことを考えた。
こんな場所で寝ているなんて、親が知ったらどう思うだろう。
明日はちゃんと、この高巻きを終えられるだろうか。
たとえ救助を呼びたくても、呼ぶ手段がないから、ここをクリアできなかったらもうじっと待つしかない。
もしどうにもならなかったら、ココヘリがあるから救助は来るだろうか。
だとしても、こんな場所じゃヘリは来られないだろうな。
年を取って寝たきりになって、病院のベッドで死んでいくぐらいなら、いっそ山で死んだ方がマシって思ったこともあったけど、今はまだその時じゃない。
けれど、その夜、三人とも不安を口にすることはなかった。
明日のことを考えれば不安だったはずだ。
救助を呼びたくても呼べないことも、ここを抜けられなかったらどうなるのかということも、きっとみんな分かっていた。
それでも、誰もそれを口にはしなかった。
みんな似たようなことを、それぞれ胸の内に抱えたまま、夜明けを待っていた。
三日目 沢筋へ戻り、焚火とビールに救われる
やっと沢筋へ
翌日、夜明けを待って行動を再開する。
約2時間後、やっと沢筋に降りてくることが出来た。
すこし安心したが、降下した地点は前回よりも下流側だったので、この先がどうなっているか分からず、緊張は解けなかった。
それでも水を飲めたのは大きかった。
日もさしてきたので、少し先の安定していて日当たりがいい場所で、改めて朝食をとり、濡れた物を少し乾かした。
あたたかい食事。
あたたかい日光。
そのありがたさを痛感した。
今日も無慈悲に雨か?
この日は本来だったら、薬師峠まで上がるはずだった。
でも昨日の雨のヤブ漕ぎで、何もかもがずぶ濡れだ。
今夜はなんとしても焚火で全て乾かしたい。
ところが谷の下部から、怪しい雲が上がってきている。
三日目も雨に降られるのか?
なんて無慈悲なんだろう。
そう思いながら、少しでも距離を稼ぎつつ、12時ぐらいには幕営地を決めてしまいたいと気が急いた。

昨夜、きちんとした睡眠をとれなかったせいか、歩みも進まない。
そしていい幕営地も出てこない。
暗雲はどんどん迫ってくる。
もうここでいいんじゃないか?
と妥協して、草むらを切り開いて整地し始めた。
ある程度草刈りをして、薪を拾いに上流を見に行って、ついでに付近を見てみたら、もう少しマシな場所を見つけた。
私は二人のところへ戻ってそのことを伝えた。
Nおじさんはその場所を見に行き、私は薪を拾いながら後を追ったのだが、詳しい場所を説明しなくてもちゃんと「ここだな」と分かった。
泊まれそうな場所を見る目が同じだなと思った。
時間は12時頃、2012m地点だった。
何はなくとも、まずはタープを張る。
そして薪を集めたり、設営をしたりしていると、別の4人パーティーが遡行してきた。
高巻きには3時間かかったらしいが、今日の内に薬師峠まで行くそうだ。

ある程度準備を終えて、火をおこそうと思った時、Nおじさんは岩魚を釣りに行こうとした。
よくそんな元気があるなと思ったが、火をおこして待っておくかと思ったら、数分も経たないうちに雨が降り出した。
それも結構な勢いで。
あの4人パーティーは、今頃こっぴどく降られてるんだろうな。
そう思った。
帝の御着替え
とにかく今夜は、焚火ができるしお酒も飲める。
沢で冷やした、残り一本のビールをNおじさんと分け合う。
・・・沁みる。
この夜が最終なので、持っているお酒は全部飲んでしまっていい。
この先は困難な場所もないし、太郎平まで上がれば小屋で食べ物も買える。
そう思うと、比較的安心して過ごすことができた。
そして前夜の崖ビバークの時に何を考えていたかに話が及ぶと、やはり皆似たようなことを考えていたことが分かった。
私が
「病院のベッドで死ぬよりは・・・」
の話をしたら、Nおじさんも全く同じことを考えていたらしく、
「ここよりは病院のベッドの方が寝心地がよさそうだな」
と思っていたと語った。
疲れもあってか、Nおじさんはあまり飲まないうちに酔っ払いみたいになっていた。
夜も更けてきたのに、乾かすべきダウンや衣類を乾かしておらず、びっしょびしょの保温力ゼロのダウンを出してきた。
O河と私で、ダウンを火にあてつつ、うちわでめっちゃあおいで、
「お前は帝かよ!」
と笑った。
これで三夜目だったが、夜の間ずっと点けっぱなしにしていたたねほおずきは、まだ明るかった。
最終日 薬師峠へ、生還
最後までしつこい岩井谷
翌日は、もう源流感のある平和な沢を歩いて行くだけなので、不安はなかった。
疲れているだけで。
最後の最後、薬師峠のテント場に出る直前あたり、沢筋が細くなってくる場所は、ヤブっぽくてまたびしょ濡れになった。
ほんとこの沢、しつこい。

薬師峠に出て、久しぶりに人工物を見た。
なんたってもう四日も沢に入っていたんだから。
みんな爪は真っ黒だし、異臭がする。
でも、もうこれで安心だと思った。
グータッチで、生還を喜び合った。

太郎平小屋でビールと芯のある米
太郎平小屋でビールを買って、NおじさんとO河は、沢で炊いた米の弁当をつまみにした。
私は二人から分けてもらった。

Nおじさんは昨夜横着をして米を炊かず、今朝炊いたので吸水が十分でなく、予想の三倍ぐらいは芯がある米だった。

太郎のベンチで一息つきながら、今回の行程を振り返る。
さんざんだったけど、岩魚もたくさん釣れたし、無事に帰ってこられたから、いい思い出になったね、と。
そして、「私たちが思い出にならなくてよかったね」と。